すすき野で有名な曽爾高原へ行きました。夕日を浴びて黄金色に輝くすすき野を見ていたら、Sting の
Fields of Gold が頭の中で流れて、離れなくなった。この曲は大麦畑のことなので、もっと鮮やかな黄金色に輝く景色なんだろうなと思うけれど、すすき野はそれとは違った「わびさび」的な趣が魅力だなと思う。
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さて、今日の本は松宮宏の「まぼろしのパン屋」です。
内容紹介
朝から妻に小言を言われ、満員電車の席とり合戦に力を使い果たす高橋は、どこにでもいるサラリーマン。しかし会社の開発事業が頓挫して責任者が左遷され、ところてん式に出世。何が議題かもわからない会議に出席する日々が始まった。そんなある日、見知らぬ老女にパンをもらったことから人生が動き出し…。他、神戸の焼肉、姫路おでんなど食べ物をめぐる、ちょっと不思議な物語三篇。
パン、ホルモン、おでんという
食べ物をめぐる3つの短編集。
表題作、『まぼろしのパン屋』は
冴えないサラリーマンの
悲喜こもごもを、ユーモラスに
描いた作品かと思っていたら
途中からファンタジーな展開を見せる。
高橋の務める電鉄会社は
都市開発のための土地買収の
強引なやり方から、地元住民との
対立が激しくなっていた。
会社の経営方針について
流れに身を任せて過ごしてきた
高橋の人生は、ある朝
電車で見知らぬ老女から
得も言われぬ美味しいパンを
貰ったことをきっかけに、
思わぬ方向へと導かれてゆく。
ストーリー自体は
特に意外性もなく
割と予想どおりの展開を
見せるのだけれど、
大人のファンタジーならぬ
「サラリーマンのお伽噺」という
ありそうでなさそうなところに
ちょっとツボってしまった。
冴えないサラリーマンと
描写されているけれど
主人公の高橋は、
一流電鉄会社の社員である。
しかも前任者達の失脚による
ところてん式の出世とはいえ、
仮にも経理部長なのだから、
立派なエリートのはずなんだけれど、
「サラリーマンの小さな日常、
小さな幸せを目指して
日々努力している。」
という彼の謙虚な姿勢は、
それだけで既にお伽噺の域に
達しているように思う。
朝の満員電車での熾烈な座席争い。
海賊の親玉みたいな総帥や
外資系コンサルタント会社から
やってきた10歳下の
まるで宇宙人のような上司に
囲まれての意味不明な会議。
家では、パン教室に通い、
その腕を上げ続ける妻がいて
朝昼晩とパン三昧の毎日。
家でも会社でも、自分のことを
まるでいてもいなくてもいいような
存在のように語る彼だけれど、
空気のように振る舞う
彼の行動はしごく頭の良い人の
それのように思える。
以前、一流企業の社長にまで
上り詰める人というのは、
大抵の場合、頭の切れるタイプではなく
同期の間でも誰の記憶にも
残っていないような
目立たない人であることが多い、
という話を聞いたことがある。
減点法で評価されることが多い
日本の大企業では、
目立たない人の方が
出世し易いのだそうだ。
決して無能という意味ではなく
「能ある鷹は爪隠す」、
巧く目立たないよう立ち回る
処世術なんだろうと想像する。
主人公の高橋は、まるでそれを
具現化したような人物に思える。
といっても、これは現実的な
出世争いとかそういった話ではなく
あくまでもファンタジー。
そういった世知辛さは
特に重要ではない。
正直、ストーリー展開には
特に目新しさのない小説
なのにもかかわらず、最後まで
退屈せずに読めるのは
自虐とも達観とも取れる
シニカルでいて飄々とした主人公の
その語りのお陰ではないかと思う。
一年で百億を処理。見事な成果だ。
「出世街道に乗った」
私は思っていない。会社も思っていない。誰も思っていない。
渋谷までの一時間、三回靴を踏まれた。これも東京の日常だが、この日の三度目は女のヒールだった。なにをする、と睨んだが、女は倍返しで睨んできた。
こういう日もある。ザッツ・ライフ。
私はほとんどの社員が会ったこともない総帥と直に接する会議にも出ている。もちろん私には何の権限もない。失敗すれば責任を負わされる。しょせん裏返っただけの歩である。歩にも意地はあるが、どちらにしても捨て駒である。勘違いしてはいけない。
淡々としているだけに、
世のサラリーマンにとっては
現実味を帯びている語りと
それとは対象的な
お伽噺的展開との対比が
たぶん、この小説の一番の
魅力なんじゃないかと思う。
2つ目の短編『ホルモンと薔薇』は
個人的に、ホルモン系が
あまり得意ではないこともあって
好みではない作品なのだけれど、
大腸外科医が、手術後に
ホルモンを食べに来る、という
「どんだけ腸が好きやねん!」
と、突っ込みたくなる設定や
オチにホルモンが使われる展開が
ユニークな人情噺。
そして最後の『こころの帰る場所』は
姫路名物(←私の勝手な偏見です)
ヤンキーのガラの悪い(でも憎めない)
関西弁炸裂な語りと
でも根は(たぶん)真面目な
主人公のギャップが面白い
また別のタイプの人情噺。
3篇ともに、ストーリー自体は
意外性のないものばかりなのだけれど
キャラクター設定と
語りの巧さで退屈しない
一冊に仕上がっている。
タイトルや装丁から、もっと
「ほわんっ」とした小説を
イメージしていたのだけれど、
お伽噺ではありながらも
少しシニカルで、いい意味で
期待を裏切られた作品でした。
まぼろしのパン屋
松宮 宏
★★★☆☆
文庫:251ページ
徳間書店 (2015/9/4)
¥659
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