桜はもう少しな感じだけれど、椿が満開。赤のちょっと毒々しい(笑)のや上品な白の寒椿もきれいだけど、私はこのピンクが春っぽくて好き。
桜も来週くらいには見頃になるのかな?そしてそろそろ少しは温かくなってくれないかな~。
こんなんで花見したら風邪引いちゃうよ。
-----------------------------------------------------
さて、今日の本は小川洋子の「やさしい訴え」です。
内容紹介
夫から逃れ、山あいの別荘に隠れ住む「わたし」が出会った二人。チェンバロ作りの男とその女弟子。深い森に『やさしい訴え』のひそやかな音色が流れる。挫折したピアニスト、酷いかたちで恋人を奪われた女、不実な夫に苦しむ人妻、三者の不思議な関係が織りなす、かぎりなくやさしく、ときに残酷な愛の物語。
※「BOOK」データベースより
久しぶりに読み終わりたくないと感じた小説。
読後、現実に戻るのにしばらく時間がかかった。
不誠実な夫との生活に疲れ、林の奥の別荘へ
逃れた瑠璃子は、チェンバロ職人の新田氏と
その弟子、薫さんと出会う。
夫の浮気と暴力から逃げ出した瑠璃子、
人前で演奏出来なくなった元ピアニストの新田氏、
残酷な形で婚約者を失った薫。
三種三様の傷を持つ3人が、
静謐な林の中で繰り広げる、
チェンバロの音色のように幻想的で、
残酷さを秘めつつも優しく美しい物語。
素晴らしく完結した世界を持った小説を読むと、
そんな経験はないはずなのに、どういうわけか
自分がこれまでに経験してきた出来事と
どこかに繋がりがあるような気分になることがある。
この小説の主人公、瑠璃子のように、
DVに苦しんだこともなければ、
まるで隠れるかのように、山荘で暮らしたことなんて
あるはずもないのだけれど、例えば新田氏の
プレハブの作業場や、湖に浮かぶボート、
迷い込んだ林の奥の道、といったような風景に
なぜだか悲しいくらいの懐かしさを覚える。
チェンバロに至っては、その音色を知っている
どころか、私はこの楽器に触れたことがある、
とほぼ確信しながら読んでいたくらいだ。
何がそう感じさせるのだろうと不思議に思うくらい
強くそう感じさせる何かがこの小説にはある。
たとえばこれまでに訪れたことのある森の景色や
嗅いだ事のあるその匂い、聞いたことのある音や
触れたことのある楽器。
感じたことのある愛情や羨望、あるいは絶望。
そういった、物語とくらべればなんとも平凡でちっぽけな、
自分の身の回りで起こった出来事を思い起こさせ、
その記憶の中の感情を揺さぶる、
そういった力が、この静かな物語の中に
沢山詰まっていて、だからこそ
ありふれた物語ではないのに、なぜか
よく知っているような錯覚を起こさせるのではないか。
そんな風に私は思う。
新田氏に惹かれる瑠璃子は、
音楽で繋がる彼と薫さんの絆に羨望を覚え、
時に薫さんを酷く傷つけてやりたいという願望さえ抱く。
瑠璃子の抱く思いは残酷ではあるけれど、
不思議と醜さは感じさせない。
多分それは、嫉妬の対象である薫さんに対する
彼女の思いが単純な憎しみというのではないからだろう。
新田氏に女として惹かれる部分と、
彼と薫さんのつながりに対する絶望的な憧れ、
そして無邪気な薫さんに対する愛情まで
そこにはあって、三角関係の愛憎劇というのとは
かけ離れた、様々な形の「愛情」(愛憎ではない)
が描かれているのだと感じた。
そして、そこに絶望はあっても
憎しみが存在していないことで、
読み手のやるせなさがより募るのである。
ああ、もうこれは仕方がない、完敗だ。
そう思わせるくらいに完璧な世界がそこにはあるのだから。
新田氏と薫さんのつながりは
チェンバロ製作、あるいは音楽そのものであり、
音楽家ではない瑠璃子は、どんなに強く
この二人の世界に惹かれていても、
どうしてもそこには入り込めないし
その根本を理解することはできない。
物語の中盤、新田氏と薫さんの繋がりの深さを
思い知らされるチェンバロの演奏シーンが、
ここ一番の美しさと残酷さを同時に放っていて
圧倒的な絶望を瑠璃子(と読者)に与える。
これにはやられた、という感じだった。
ピアニストの青柳いづみこさんの解説の中にある
フレーズが、この小説の全てを語っていると思う。
瑠璃子は新田氏にとって楽器だった。でも薫さんは音楽そのものだ。勝てるわけがない。
なるほど、確かにね。
ちなみに、小説を読み終わってから、
チェンバロの英語名はハープシコード(harpsichord)
だということを知り驚いた。
Harpsichord なら、確かに私は知っている。
大学の時にほんの少しだけど触れる機会もあったので、
小説を読んでいて強く感じた、
この楽器を知っている!という思いについては
少なくとも単なる私の妄想ではなかったようだ。
本当に神秘的で繊細な、それでいて
どこか懐かしい音色を持つ、
この小説の雰囲気にぴったりの楽器です。
チェンバロの音を聞いたことのない人は
この本を読む前に、Youtubeでもいいから、
一度聴いてみることをお勧めします。
きっと一度は聴いたことのある音だと思います。
やさしい訴え
小川洋子
★★★★★
文庫:285ページ
文藝春秋 (2004/10)
¥550
ランキング参加中
クリック頂ければ励みになります♪
↓ ↓ ↓